トマト鍋を作る

トマト鍋を作る

実家にお年始の挨拶に行く。ル・クルーゼの鍋を持って。

新年の家族の集まりは親からみれば僕たち子供がお昼ご飯を作ることで始まる。僕の実家に戻ると、僕と妹でとりあえず別々の鍋を作る。僕はおせち料理を食べ物としてあまり受け付けられない。風物詩として、そこにあるのは風情があって、華やかで好き。ただ味は甘かったり、濃かったりして手が伸びない。子供の頃からあまり食べてなかった。

妹もどうやら同じ様子。父親は大騒ぎするほど好きなのに、どうして同じ屋根の下で暮らしていた子供は違ってしまったのか? 不思議。

 

「トマト鍋を作る」と先月宣言していた。

市販の『鍋の素』的なのも僕はあまり得意でない(何か無茶苦茶わがまま)。「アミノ酸等」に拒絶反応が出てしまう。なので、僕が作るトマト鍋はいたってシンプル。無添加のコンソメの素を入れて、あとは野菜を切って放り込み、煮込むだけ。最後に塩と胡椒で味を整える。

本当は自分で出汁を用意して作りたいのだけれど、なかなかその時間を取ることが出来ない。結局、ベースの部分は商品を吟味して利用する。今回で言えば、コンソメ。薄味好みだから、コンソメも量は少なめ。僕の料理は普通に作ると「味がない」という人がいる。誰かに振る舞うときには僕がギリギリ美味しく食べられるぐらいの濃さで作る。素材の味があれば味はあると思うのだけど、どうも周りは塩とか、醤油とか、味噌の味がするものを「おいしい!」といってるような気がする。

 

妹の旦那は何か足して食べていた。

 

グルキャンに誘われると戸惑う。「みんなで一品持ち寄って」となると僕の料理はみんな食べられるのだろうか?と頭をよぎる。

味が濃かったり、肉料理系多かったりして、僕はあまり食べられない。自分で食べるものを自分で作るしかないので、あまり味を濃く出来ない。かといって薄いとみんな手を伸ばしてくれず、大量に余ってしまう。どこまで攻めることができるのか? いつも自分との戦いになる。

 

今日は、妹家族と親。我が家は僕の味付けを知っているので、あまり気にはしなくてもいい。塩胡椒を多めに自分の取り皿で振ってもらえれば、食べられるよう工夫。おかげで僕も美味しく完食。

妹はキムチ鍋に、締めのサリ麺。僕はペンネリガーテ。兄妹でもやっぱり作るものに差が出る。親世代からしたら「和食食べさせろー」なのだろうけど「それは自分で作ってね」といった感じ。

 

家族って似てるようで実は全然似てない。そんな気づきのあるお正月の家族団欒。